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 Vol.55            剱岳 点の記(2009年/日本/東映・フジテレビジョン/139分)
■鑑賞日 2009.06.21(日) ■劇場名 シネマ太陽帯広
■作品データ
■監督 木村大作
■キャスト 柴崎芳太郎/浅野忠信、宇治長次郎/香川照之、生田 信/松田龍平、柴崎葉津よ/宮崎あおい、小島烏水/中村トオル、古田盛作/役所広司、木山竹吉/モロ師岡、岩本鶴次郎/仁科 貴、岡野金次郎/小市慢太郎、吉田清三郎/橋本一郎、玉井要人/小澤征悦、宇治佐和/鈴木砂羽、岡田佐吉/石橋蓮司、佐伯永丸/井川比佐志
■ジャンル 山岳ドラマ
■あらすじ
陸軍陸地測量部の柴崎芳太郎は、日本地図最後の空白を埋めるため、「陸軍の威信」にかけて剣岳の初登頂と測量を果たせ、という厳命を受ける妻の励ましを受け、柴崎は前任の測量手・古田盛作から紹介された案内人の宇治長次郎と剱岳の調査に入ったが、登頂の手がかりすら掴めずに下山する。翌明治40年、測量隊総勢7名で雄山、奥大日岳、別山など剱岳周辺の山々に三角点を設置。勇躍、剣岳に挑むが、絶壁、雪崩、暴風雨‥、困難に次ぐ困難が測量隊の行く手を阻む。折しも、創立間もない日本山岳会の小島烏水らも、最新の登山道具を揃え、剱岳登頂を目指していた。果たして、柴崎達は、無事剱岳に登頂し、地図作りの任務を遂行することができるのか‥。
■コメント

この映画、原作は実話をもとにした新田次郎の同名小説で、監督・撮影は木村大作。撮影技師として、日本映画の第一線で活躍してきた同氏の初監督作品である。パンフレットによると、「撮影期間2年、撮影日数延200日以上、標高2999メートル、最低体感温度氷点下40度超の剱岳・立山連峰各所でロケを敢行」とある。CG全盛時の昨今、厳しい大自然に対峙し実写に拘りつつ制作された本作はそれだけでも充分に価値がある。つい最近、原作を読んだのだが、引き込まれるように一気読みをしたものである。登山を趣味としていることもあり、封切を楽しみにしていた一本で、異例の封切翌日の鑑賞となった。
映画のあらすじは前述の通りだが、簡記すれば、日本地図完成のために命を懸けた男達の魂の記録、とでもいえようか。とにかく、映像が凄い!。春夏秋冬、山の美しさと厳しさがスクリーン一杯に広がる。夕日に染まる大雲海、紅葉の仙人池と剱岳、深い谷と細く険しい尾根、新雪を纏った山、そして新緑‥。俳優達も命懸の演技を繰り広げる。雪崩や滑落シーンは勿論、ナイフリッジ登高や絶壁のクライミングなど、実写ならではのスケール感と迫力に満ちている。何でもないようなシーンでも、それがどれだけ大変な労苦を伴うものなのか、少しでも山に関わったことのある人間なら理解できるだろう。事実、音声スタッフが落石事故に遭遇しているのである。私的には、滑落停止や高速グリセードに魅入ってしまった。それにしても、当時、次々と高山に三角点を埋設していった彼らの艱難辛苦は想像を絶するものがある。貧弱な装備に未熟な登山技術、彼らを支えたものは高い精神性、すなわち、強い使命感と旺盛なパイオニア精神であり、仲間同士の強固な絆であったに違いない。「初」登頂という面子だけに拘る軍上層部の思惑をよそに、純粋に、山に登ることの意味を自問しつつ、困難に立ち向かう姿は感動的である。柴崎らと長次郎達との間には大きな身分の差があったが、その乖離を埋めて醸成される信頼感と友情も見逃せない。頂上直前で柴崎らに登頂を譲る長次郎に対し、「俺達は仲間だ、あなたに頂上までリードして欲しい(要旨)」と柴崎が諭すのである。山岳会との関係も心温まるものがある。柴崎達が登頂するはるか以前に、修験者によって登られていたことを知るや、態度を一変する軍上層部。剱岳登頂そのものをなかったことにする、という理不尽さには呆れるばかりだが、山岳会の態度は紳士的である。全てを知った上で、あえて、「初登頂おめでとう。測量隊の功績は永く後世に語り継がれるだろう」と結ぶのである。このシーンは、手旗信号によるやり取りで、かなりの長文に及ぶ。時間もかなり費やしたに違いない(笑)、なんて思うのは私だけだろう。映画の中で、「何をしたかではなく、何を考えながらそれを成したのかが大事(要旨)」という台詞が何度か出てくる。今なら、「結果よりプロセス」というところだろうか。印象的な台詞である。
山岳信仰から、剱岳は「死の山」と恐れられ、地元・芦峅寺の人達の対応は柴崎らに対して冷淡である。原作では、卵をぶつけられたりするのだが、映画にそのシーンはない。その代わりに、長次郎と息子の関係が描かれている。父親の剱岳登山を快く思わない息子が、柴崎の前で父親を批判する。黙ってビンタを食らわす父・長次郎。父の行為とその背中に、幼い頃の記憶にある優しい父を見るのである。今日の親子関係がこんな単純なものではないだろうが、親は親らしく大きく、強く(精神的に)あらねばならないのである。少なくとも、友達のような関係ではないことを肝に銘じるべきだろう。考えてみると、剣岳に限らず、全国いたる所で古くから、山は信仰の対象となってきた。自然物に宗教的価値を認めてそれを崇拝するという行為は自然に人々の間に受け入れられてきた。もしかすると、剱岳のような扱いを受けてきた山は他にもあるのかもしれない。そして、修験者達のとてつもない強さもまた驚嘆に値するだろう。
ほとんど不満はないのだが、強いてあげるとすれば、直下の難関攻略をほとんど描いておらず、いつの間にか登頂しているのである。少々、肩透しをくらった感は否めない。尤も、登頂ルートを見出せず、最後に、「雪を背負って登り、雪を背負って降る」という修験者の謎の言葉を解き明かし、雪渓に登攀ルートを見出すまでが、最大のポイントとすれば、これもありなのかもしれない。原作とは微妙に違う表現もあるが、そのエキスは充分に描かれていると思う。
キャストでは、やはり、長次郎役の香川照之が断然いい。寡黙で誠実、秘めたる強い意志、適役である。勿論、宮崎あおいの新妻も可愛い(笑)。クラシック(ビバルディとかバッハなど)を多用した音楽も、荘厳な山岳イメージにぴったりだった。
評価は★5個とした。かなり甘いことは承知しつつも、実写に拘ったその姿勢を高く評価したい。役者もスタッフも命懸の仕事をこなしたのだから‥。

 Vol.56     スラムドッグ$ミリオネア(2008年/アメリカ・イギリス/ギャガ・コミュニケーションズ/120分)
■鑑賞日 2009.06.24(水) ■劇場名 cineとかちプリンス
■作品データ
■監督 ダニー・ボイル
■キャスト ジャマール・マリク/デーブ・パテル、ラティカ/フリーダ・ピント、サリーム・マリク/マドゥル・ミッタル、プレーム・クマール/アニル・カプール、警部/イルファーン・カーン、ジャマール(幼少期)/アーユッシュ・マヘーシュ・ケーデカール、サリーム(幼少期)/アズルディン・モハメド・イスマイル、ラティカ(幼少期)/ルビーナ・アリ
■ジャンル ドラマ
■あらすじ
インド・ムンバイのスラム街で生まれたジャマールとサリームの兄弟は、同じく一人生きる少女ラティカと知り合いになる。3人は助け合いながら必死で生き抜くが、スラム街から逃走中にラティカと逸れてしまう。成長しても彼女のことが忘れられないジャマールは、電話交換手の補助業務の傍ら、ラティカの行方を追い続ける。そして、遂に彼女と再会を果たすが、彼女はギャングのボスに囲われの身となっていた。日々の辛い生活から一瞬でも逃れたい彼女は、食い入る様に「クイズ$ミリオネア」を見ていた。ギャングの手下となっていた兄・サリームにより、2人は無理やり引き離されてしまう。ジャマールはある思いを抱いて、人気番組「クイズ$ミリオネア」に出演する。彼は幸運にもあと1問で2000万ルピーを手にできるところまできた。しかし、これを快く思わない番組のホストは警察に連絡。彼は不正を働いたとされ、詐欺容疑で逮捕されてしまう。ジャマールは警官の厳しい尋問に対し、自分の過去を話し始める。そこには1人の少女を追い続けた彼の人生の物語があるのだった‥。
■コメント

この映画は、本年度アカデミー賞で、作品賞、監督賞、脚本賞など、8部門を受賞した作品である。舞台はインド・ムンバイ(以前はボンベイと呼ばれていた)。インド最大の港湾都市であり、商業、娯楽の中心都市でもある。発展途上の躍動感にあふれた社会の陰には、貧困や暴力、犯罪など、あらゆる社会悪が渦巻くスラム街が存在していた。大人も子供も生きるために、そして、そこから抜け出し成功を手にするために必死である。映画は、そのスラム街で育った青年が、「クイズ$ミリオネア」に出演し、一攫千金を手にするというストーリーである。この、クイズ番組の発祥の地はイギリスだが、世界各地でローカライズされ人気を博しているという。日本でも、みのもんたの司会でオンエアーされていたが、最高金額を獲得するのは至難の業といえるだろう。そこで、ポイントは、「なぜスラム育ちの青年が正答を続けられるのか」ということである。映画は不正の疑いをかけられた青年が、自らの生い立ちを語るなかで疑いを晴らしていく。つまり、出題された問題が、ことごとくジャマールの節目の生活と結びついていて、答えが鮮烈な物語となって記憶されていたのである。正に、奇跡的な偶然の産物なのだが、同時に、クイズ番組に出演した本当の意味も明らかになるのである。発展途上のインドの光と影、スラム(陰)とクイズ番組(光)の結びつきがいかにも新鮮で独創的、脚本の秀逸性に唸らせられる。軸はサクセスストーリーであり、ラブストーリーだが、重厚さも秘めている良い意味で不思議な作品である。
映画の前半は、スラム街での子供達の生きざま、ジャマールとサリーム兄弟、ラティカらのそれが生き生きと描かれる。スラムという、全てにおいて最悪の環境にもかかわらず、希望を抱きたくましく生き抜くさまは、どこかの国のひ弱な少年と好対照である。トイレに閉じ込められるジャマールが、全身汚物に塗れながらスターにサインをもらいに行くシーンは象徴的である。子供達を利用して金儲けを働くギャングも登場し、ジャマールが失明の危機に直面するが兄の機転で難を逃れる。子供とはいえ、常に危険に晒されているのである。インド最大の洗濯場とかタージ・マハルで、窃盗や詐欺などに手を染めながらも兄と助け合い最悪の生活を脱する二人。生き方を批判するのは容易だが、幼い子供達にどんな選択肢があったのか。だが、皮肉にもこのあたりから兄弟の中に溝が生まれる。
映画の後半は、悪の道を突き進むサリームに対し、堅実な道を歩むジャマールが描かれる。そして、忘れられないラティカとの再会である。ギャングに追われつつの悲しい別れが、ジャマールの想いを特別なものにしているのだが、そこまで思い込めるものなのだろうか。男はやはり純なのだ(笑)。そして、最終問題でジャマールはライフラインを使い兄にテレフォンをかける。電話に出たのは‥。
格差社会や幼児虐待、裏ビジネス、宗教暴動、急激な近代化等、インド現代史を辿る中で、ジャマールとラティカ、ジャマールの兄サリームの三人が紡ぐ物語は、純愛や欲望といったものが絡み合い非常にドラマチックである。映像も生命力と疾走感にあふれ、観る者をグイグイと引き込まずにはおかないだろう。
この映画のキャストに有名な俳優さんは名を連ねてはいない。子役は現地、ムンバイの子供達だというのだから驚きとともに、そのリアリティに納得である。主役の2人、デーブ・パテル(ジャマール)とフリーダ・ピント(ラティカ)は、純粋さと爽やかさ、美しさを兼ね備えた俳優で、実生活でも交際中らしい。フリーダ・ピントの可憐な笑顔と黄色い服がいまだに脳裏に焼き付いている(笑)。それにしても、クイズの司会者はどうしてこうもいけすかないのだろうか。演技といえばそれまでだが、この映画の司会者も例外ではない。○○紳助しかり、○○もんたしかりである。
評価としては、オスカー作品だからということでもないが、設定や展開、キャスト等、秀逸だと思う。フリーダ・ピントの笑顔もポイントとなり★5個とした。我ながらかなり甘めかな‥。

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